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浦和地方裁判所 昭和60年(行ウ)12号 判決

原告 井上成巳

被告 草加公共職業安定所長

主文

被告の原告に対する昭和五七年六月二三日付給付制限処分の取消を求める訴を却下し、その余の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

(原告)

「一 被告の原告に対する昭和五八年二月二日付、同年一月三〇日以降基本手当を支給しない旨の処分(以下「処分甲」という。)を取消す。

二 被告の原告に対する昭和五七年六月二三日付給付制限処分(以下「処分乙」という。)を取消す。」との判決

(被告)

主文同旨の判決

第二当事者の主張

一  原告・請求原因

(当事者の求める裁判(原告)一(処分甲の取消)について)

1  被告は、原告に対し、昭和五八年二月二日、同年一月三〇日以降基本手当を支給しない旨の処分(処分甲)をした。

2  右処分は、原告の受給資格に係る離職の日を昭和五七年一月二九日としてなされたものである。

3  しかし、原告の右離職の日は、昭和五七年五月一九日である。

(当事者の求める裁判(原告)二(処分乙の取消)について)

4  被告は、原告に対し、昭和五七年六月二三日、離職理由による一箇月間の給付制限処分(処分乙)をした。

5  しかし、原告が離職したのは、その勤務時間が午後九時から翌朝午前五時までの夜勤であり、通勤の不便もあつて体力的に無理であつたからであり、これは雇用保険法(以下「法」という。)三三条二項の労働大臣の定める基準に従えば、同条一項の場合に該当しない正当な理由による自己退職と認定されるべきである。

6  埼玉県雇用保険審査官鈴木久雄は、原告が処分乙につき審査請求をしたのは昭和五八年三月四日であつたとして、法定請求期間徒過を理由に右請求を却下したが、原告が右不服申立をしたのは、法定請求期間内の昭和五七年六月二三日である。

よつて原告は被告に対し、処分甲及び乙の取消を求める。

二  被告

(認否)

1 請求原因1及び同2の事実を認め、同3の事実を否認する。

2 同4の事実を認める。

(処分甲について・抗弁)

1 処分の経緯

(一) 原告は、昭和五五年七月一五日株式会社ビケン(以下「ビケン」という。)に就職し、昭和五七年一月二九日同社を離職し、その後同年二月二日中央警備株式会社(以下「中央警備」という。)に就職し、同年五月一九日同社を離職し、同月三一日草加公共職業安定所(以下「安定所」という。)に出頭し、求職の申込みをするとともに、法一三条の基本手当の受給資格の決定を受けるべく、ビケン及び中央警備のそれぞれの雇用保険被保険者離職票(以下「離職票」という。)を提出した。そこで、被告は、中央警備の離職票については、法一三条に規定する被保険者期間が六箇月に満たないため、これを原告に返付し、ビケンの離職票のみによつて受給資格の決定を行つた。

(二) 原告は、昭和五七年六月二三日安定所に出頭し、被告から法二一条に基づく七日間の待期期間(昭和五七年五月三一日から同年六月六日まで)の認定処分及び法三三条に基づく一箇月間(昭和五七年六月七日から同年七月六日まで)の基本手当を支給しない旨の給付制限処分(処分乙)を受けた。

(三) その後、原告は、昭和五七年七月二一日を初回として以後昭和五八年二月二日までの間計八回安定所に出頭して、昭和五七年七月七日から昭和五八年一月二九日までの合計二〇七日分についての失業の認定を受け、基本手当の支給を受けた。

(四) 原告が昭和五八年二月二日の認定日に出頭した際、被告は、同日付をもつて受給期間の満了によつて昭和五八年一月三〇日以降の基本手当を支給しない旨の処分(処分甲)を行つた。

2 処分の適法性

(一) 基本手当の受給資格を取得するためには、法一三条により、被保険者が失業した場合において、離職の日以前一年間に法一四条による被保険者期間が通算して六箇月以上であることが必要であるとされ、この被保険者期間の計算については、法一四条二項一号により最後に被保険者となつた日前に、当該被保険者が受給資格を取得したことがある場合には、当該受給資格に係る離職の日前における被保険者であつた期間については、被保険者期間に含めないこととされている。

そこで、原告のビケンに係る離職票については、離職の日以前一年間に被保険者期間が六箇月以上あり、法一三条の受給資格を満たしているが、中央警備については、昭和五七年二月二日に就職し、同年五月一九日に離職しているため、被保険者期間は四箇月と二分の一箇月であつて受給資格を満たしていないため、被告はビケンに係る離職票によつて受給資格の決定を行なつた。

(二) 基本手当の支給を受けることができる期間(受給期間)は、法二〇条一項により、基本手当の受給資格に係る離職の日の翌日から起算して一年間であり、支給日数は、この期間内の失業している日について法二二条一項に規定する所定給付日数に相当する日数分を限度として支給することになるから、被告は、ビケンの離職の日の翌日である昭和五七年一月三〇日から起算して一年間である昭和五八年一月二九日を原告の受給期間の満了日として、昭和五八年二月二日に、昭和五八年一月三〇日以降の基本手当を支給しない旨の処分(処分甲)をし、原告から提出のあつた受給資格証にその趣旨を記載のうえ、交付した。

(三) したがつて、ビケンにおける被保険者期間をもつて受給資格を決定し、これを前提とした処分甲は適法である。

(処分乙について)

原告の処分乙の取消請求は、法定の期間を経過した後の請求である。

三  原告・認否

被告主張の事実のうち、ビケン及び中央警備の各就職及び離職の日については認める。

第三証拠関係〈省略〉

理由

(処分甲について)

一  原告が、昭和五五年七月一五日ビケンに就職し、昭和五七年一月二九日同社を離職し、同年二月二日中央警備に就職し、同年五月一九日同社を離職したこと、被告が、昭和五八年二月二日、厚告の受給資格に係る離職の日を昭和五七年一月二九日として処分甲をしたことは当事者間に争いがない。

二  原告は、中央警備の離職の日たる昭和五七年五月一九日の翌日から受給期間を起算すべきである旨主張する。

しかし、原告のビケンに係る離職については、離職の日以前の一年間に被保険者期間が六箇月以上あり、法一三条の受給資格を満たすので、法一四条二項一号の規定する、当該被保険者が最後に被保険者となつた日前に受給資格を取得したことがある場合にあたる。中央警備離職に係る被保険者期間を計算するにあたつては、右規定により、既に取得した受給資格に係る被保険者であつた期間は含めないこととされるから、ビケンの被保険者であつた期間は含まれないこととなり、中央警備離職に係る被保険者期間は四箇月と二分の一箇月となるので、法一三条の定める六箇月の要件を満たさないこととなり、結局、原告は、中央警備の離職については受給資格を取得し得ない。したがつて中央警備に係る離職日を法二〇条一項にいう「当該基本手当の受給資格に係る離職の日」と解することはできない。

以上は、雇用保険法の関連法条の文理上明らかなところである。この場合、原告のように受給資格の基礎となる離職の日以降に相当期間の就業があつたときには、所定給付日数全部の基本手当が受けられないなど、右就業の故をもつて、不利益を被る場合があるとの見方も成り立たないわけではないが、以上の法条は、一定期間以上継続した雇用関係に着目し、これに基づいて基本手当を給付するものであつて、右の離職とされる日以降被保険者の受ける労働収入と基本手当の合計を考慮した場合、右制度それ自体一つの合理性を有することが明らかであつて、原告が不当に差別されたものとまでいうことはできない。

よつて、ビケンにおける被保険者期間をもつてのみ受給資格を決定し、これを前提とした甲処分は適法である。

(処分乙について)

一  処分乙が昭和五七年六月二三日になされたことは当事者間に争いがなく、方式趣旨により真正な公文書と認められる乙第一号証によれば、処分乙に対する審査請求が却下され、昭和六〇年三月三〇日再審査請求が棄却されたことが認められ、原告が再審査請求に対する裁決書の写を訴状末尾に添付して本件訴を提起した(昭和六〇年七月八日受付)ことは、本件記録上明らかであるから、原告はおそくとも昭和六〇年七月八日には右裁決がなされたことを知つていたということができるところ、原告が処分乙の取消を第四回口頭弁論期日(同年一二月九日)において追加したことが当裁判所に明らかである(尤も、原告は、訴状及び昭和六〇年九月一二日受付準備書面において、処分甲のほか処分乙にも言及しており、処分乙の取消をも求める趣旨に善解できないわけでもなかつたので、取消を求める行政処分の特定を命じたところ、原告は、第二回口頭弁論期日(同年一〇月七日)において、本訴請求は処分甲の取消を求めるものである旨陳述していつたん請求の範囲を限定しているから、第四回口頭弁論期日に訴状及び右準備書面に基づいて処分乙の取消を求める旨陳述したということはできない。)。

よつて、処分乙の取消請求は裁決があつたことを知つた日から三か月を経過してなされたものということができるから、原告が法定期間内に審査請求したか否かについて検討するまでもなく、処分乙の取消請求は出訴期間(行政事件訴訟法一四条一項及び四項)経過後なされた不適法なものというべきである。

以上のとおり、処分甲についての取消請求は理由がなく、処分乙についての取消請求は不適法であるから、訴訟費用の負担につき同法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 高山晨 松井賢徳 原道子)

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